言い古された事ですが、これ程までに科学の発達した世の中になっても
未だに科学では解明出来ない謎が多数存在しています
呪術もそのうちのひとつといえるでしょう
過去の歴史や文献においても有名・無名の様々な人々が呪術(呪法)によって
不幸になったり、又殺されてしまったりという記録や言い伝えが数多くあります
貴方の身近でも殺されるなどという話までいかなくとも
不思議な話や呪いの話のひとつやふたつあるのではないでしょうか?
人間にとって何かを強く念じたり、深く信じてくり返し祈ったりすこと、
また精神統一して瞑想をすることは願望成就の効果的な基本的な方法として
日常生活の中で実践されている方も多いかと思います
また、他人を怨み、呪う事もひとつの願望成就であることに間違いありません
その願望成就に欠かせないのがいわゆるグッズであり、アイテム(道具)です
現代風にアレンジされたたものから、古式的伝統にのっとったものまで様々ですが
古今東西、呪いに限らず習慣や儀式で使われるということは
それ相応の必要性があってのことでしょう
では、何故道具を使う必要性があるのでしょうか?
その答えは、心に潜むものを物体として捕らえ、相手を明確にする事が
呪いにおいて最重要項目であるからです
そして、ターゲットを明確にすることにより、
効果をより強力にし、より増幅することが可能となるのです
想像するよりも、写真があったほうがより現実的に感じられる
といった日常の中でのひとこまもそれと言えるでしょう
人形を使用した呪いについては西洋・東洋問わず非常に数多く伝えられています。
それは呪いの対象が人間であり、人物であるためです。
つまり、人形(ひとがた)なのです。ゆえに効果が他の呪いよりもはっきりと現れるのです
ここで丑の刻参りとわら人形の歴史を紐解いていくことによって
貴方の心の中にわら人形を使った呪いがどういうものであるか理解し定着させ
より呪いを確実なものへと結実させていくと私共は確信しています
ここからはわら人形と丑の刻参りにまつわる歴史と背景について解説していきたいと思います
丑の刻参りというと、深夜、白装束の女がわら人形を木に打ち付けている
というイメージを浮かべられる方も多いと思います
はたしてそのイメージは正しいのでしょうか?
また、今日に伝えられている丑の刻参りは一体いつ頃から始まったのでしょうか?
「宇治の橋姫」の伝説
文献上、初めて丑の刻参りの原型が登場するのは
屋台本平家物語の劔巻に登場する「宇治の橋姫」です
嵯峨天皇の時代のこと
ある公家の娘が、浮気して自分を捨てた男を呪うために
京の貴船神社に七日間篭りました
そこで女はある晩、貴船の神の啓示を受けました
啓示は次のようなものでした
「鬼になりたければ姿を改めて宇治の川瀬に行き、三十七日とどまるように」
女は早速、言われた通りに実行しました
長い髪を五つに分けて松脂を塗り固め、顔に朱をさし、
身には丹を塗り、頭に鉄輪をかぶり・・・
その異様な風貌で大和大路を南に走り去っていった女は
やがて希望どおり鬼となり、自分を裏切った男と、
男を奪っていった女の親類縁者を取り殺してしまったそうです
貴船神社は昔、呪詛神としての信仰がありました
栄花物語によれば藤原頼通の病気は貴船の呪咀が原因だと言われています
こうしたことから呪いの現場となったのが貴船神社だったのでしょう
この貴船神社における「宇治の橋姫(丑の刻参りの原型)」が
やがて謡曲の「鉄輪」に発展していきます
謡曲「鉄輪」
下京に住む男が妻と別れ、後妻を迎えるところから話は始まります
先妻である女はそのことが腹立たしく、いたく怒り、男を怨みました
そして、女は丑の刻参りを実行したのです
そこで、女は神のお告げを聞くことになりました
鬼になる方法を聞いた女は喜び、自ら鬼になる手段をとったのです
一方、男は毎晩、悪夢にうなされていました
困り果てた男は陰陽師の阿部晴明を訪ね、相談しました
晴明は男に会うなり、その悪夢は女の深い恨みから来ている事、
さらに命も今夜で尽きるだろう、と男に告げました
男が清明に呪いを解くように祈祷を頼み出たのは言うまでもありません
先妻の人形を作り、祭壇に捧げ、祈祷を始めると鬼に変貌した先妻の生霊が現れました
男を取って食おうとする先妻を清明が強い祈祷によって消しさったのです
わら人形が一般的な丑の刻参りの道具として定着したのはこの後のことです
陰陽道とわら人形
わら人形のルーツは陰陽師が呪詛の時に敵に見立てた人形祈祷と深い関係があります
これを丑の刻参りに取り入れたのがわら人形です
また、社寺の神木や社殿や大鳥居に打ち付ける、呪い釘による呪法が
五寸釘になっていったと言われています
丑の刻について、陰陽道では昔から丑寅を鬼門として鬼が侵入して来る方位だとして嫌われており
時間で表すと、丑の刻の午前一時から三時。この時間は鬼に変貌したり、
鬼が現れるとして人々に恐れられていたのです
また、これに加え、先に登場した貴船明神が貴船山に御降臨になられたのが
「丑の年の丑の月の丑の日の丑の刻」であり、それが心願成就の参拝方法と
されていたことも密接な関係があるということを付け加えなければならないでしょう
このわら人形による呪いは江戸時代には最もポピュラーな呪法として民間でも実践されてきました
また、現代においても全国の社寺で釘に打ち付けられたわら人形が発見されるということです
現代に伝えられている文献や伝承を元に古式的な丑の刻参りの姿を再現してみました
その姿とは一体どんな姿なのでしょうか?
古式的丑の刻参りの姿
・白い着物に白い帯
・鬼クルミの実で作った数珠
・胸に丸鏡
・乱れた髪
・口紅を濃く塗る
・白粉を顔に塗る
・櫛を口にくわえる
・白い鼻緒の一本足の高下駄を履く
・五徳と言われる三脚台を逆さにして乗せる
・五徳の脚に熊野ローソクを3本立てる
・腰に一反(約10m)の白い木綿の布を巻いて垂らす
(この布の端が地面に付かないよう早く走らなければならない)
このような格好で、寺社の古い御神木(または木の大鳥居)に
憎むべき相手をかたどったわら人形を据え、五寸釘を打ち込むのが一般的とされています
これを一週間続けて通い、誰にも見られずに行えば成就するそうです
また、怨んでいる相手をひと思いに殺してやりたい時は
五寸釘を一撃で打ち込むと良いとされています
現代において忠実に再現することは困難ですが
これが「丑の刻参り」をする際の正式な姿として言い伝えられています
わら人形や丑の刻参りの背景や歴史について理解して頂けたでしょうか?
貴方がこのホームページへお越しになったのも
呪いやわら人形に興味があり
また、誰か呪ってやりたい相手がいるのでしょう
クヨクヨ悩んでいるだけならば
ぶつぶつ文句を言っているだけなら
何も出来ずにいるなら
わら人形を使って効果的に呪う事をおすすめします
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